指に挟む。
2014年10月31日 金曜日 午前 10:15
よって。快晴の平日から。曇り気味の週末ですか。
また。そんな感じの11月になるのかな。
この季節は雨に打たれると寒くなる。
しかし。クリスマス前に男のいない女ってどんな気分だろうな。
12月に入ってから慌てると痛々しいだろうし。
聞けるような女の人は「時にはいなくて・・・」とあっさりだろうし。
聞くとやばい人ってどうなんだろうか。気になる。
30歳を過ぎると。「昔は私も・・・」と
あってないような昔話に花でも咲かして枯れて
視界から消えてくれたらいいが。
問題は20歳からであろう。
20歳ぐらいまでは。回復する体力もあるだろうし。
テスト期間や両親の厳しさ・・など言い訳を思い浮かぶだろう。
25歳ぐらいなると。現実と向き合うのは厳しいよな。
無縁仏のような気分に陥るのであろう。
現実とは退屈で下らない結実した暇である。
だからどうするかであって。
楽しいとか特別な人と思われると疲れる。
料理したり散歩したり。花の名前を当てたり。
産直で野菜を選んだり。海岸のカニを追いかけたり。
ブランコを蹴飛ばしたり。その程度でありたい。
そんなのだったら弟でも構わないという感じか。
しばらくは。「動物のお面」をどのようにして作るのか考えよう。
画用紙を折って。ヘルメットのようにかぶれるスタイルにしたい。
そのような簡易の折り方なんてあるのかな?
耳や鼻は別にしないと。昨日は丸亀の図書館で物色してたが。
今日は月末でどちらも休館なのか。
酒を突然。止めると。
これまで。アルコールで眠らせていた部分が騒ぐので困る。
躁鬱で説明すると。アルコールの力で脳を無理に鬱にさせておいて。
ある日。アルコールを取っ払うと。当然ながら脳は躁状態になる。
炭酸飲料をよく振ってから。蓋を開けたような状態だ。
意識が分散して困る。落ち着かない。
安定剤しかり。慢性化していると中断した時は
暴走する可能性があるので用心が必要。
ジョギングでもして。体を眠らせてしまうのが丁度良い。
絵を描くのも体が元気だと都合が悪い。
二日酔いで朝起きたら椅子に頑張ったら座れるぐらいでいい。
体を黙らせるには。
ヨガの方向からが良いのか。
ジョギングの方向からが良いのか。
2014年10月31日 金曜日 午後 13:51
よって。書を修正してから。絵を描いていた。
こういう系は。「僕は頑張ってアートしてます」臭が激しくて
描いてからが寒々しい気持ちになる。
時にはいいかな。現代風の土偶のようだ。
刺激は足りてますか。
*くだらないので。撮影を忘れた。
他には修正しないとならんのを楽譜台に飾っておるが。
どうするのが最も簡単であろうか。思い浮かばない。
破って捨てるのが解決策であるが。
この絵はなかなかの評判であって捨てるに捨てれない。
*と思っていると後日。焼肉屋さんが買ってくれた。
絵には。熱だけのある絵と熱だけのない絵ってのがあって。
顔のは熱だけのある絵だろうが。
正しくは絵の中に熱を閉じ込める作業である気がする。
ラップできっちりと自分を包むようなことだ。
ラップに絵を描いている馬鹿が多くて困るのだが。
路上で描くなら熱を発散させないとならんのかな。
バランスが分からんよ。
少し休んでから。お面の動物の絵を練習をしよう。
2014年11月01日 土曜日 午前 00:39
ハローズでボックスワインを買う。
*映画「キック・アス」が楽しめた。
2014年11月02日 日曜日 午前 01:36
信じられん。絵が4枚も売れる。
10月はノイローゼになりそうであった。
というか。ノイローゼの見本であろう。
これは。確実に半空パワーです。
商店街で絵なんて絶対に売れない。かつ。客は男である。
分かるのだ。情報を得てから来ている客ってのは。
間合いにあるのが不信感や猜疑心とは違って安心感がある。
うんで。絵が足らんので。強引に仕上げる。
帰りに栄養ドリンクの「アスパラドリンク」を自動販売機で
飲んだので。たぶんしばらくは体は起きているでしょう。
在庫を物色して。色を足すとしよう。
他には路上詩人をした。
ヒップホップですオーラの綺麗なアベックだ。
よって仕上げた。倒れそう。寝る。
2014年11月02日 日曜日 午前 09:43
昨夜の帰り道は遭難するぐらいに霧?が酷かった。
これは死ねると思い。メガネを拭くとどってことはない。
道が悪く厄介であるが。右側には歩道があるので。そこを走る。
昨夜は絵が売れて調子が良かったので。
ペラペラ会話してしまったので。
あの不吉な空気感の商店街には近寄りたくない。
しかし。高松でついに絵だけで1万円を越える日が来るとは。
しみじみ感激する。アベノミクス万歳である。
昨日は何が良かったのか謎だ。
看板をオレンジと黄色に変えたのと。
陳列は平常運転で。大きく変えたのは「仮面を作ろう」の
看板を余った絵の具で描いたぐらいだ。
木のまな板にバスキアのタッチと配色で。
仮面の練習のつもりで。そういうアフリカの仮面のような
教科書に落書きのインパクトのある絵を描いた。
あれが雰囲気を変えたのか。1枚は売れた。
売れる理由なんて誰にも分からない。
計算で売れるならとっくの昔に富豪であろう。
焼肉屋の方が牛の絵が欲しいとモウしておられた。
そういう毛のある動物は描く気もしないし。描けない。
どうも癖で色紙とB4に固定されている。
葉書は枕元に置いてあるし。現在はB5の画用紙を鞄に入れてある。
マルマンのリングのB4が移動には便利で。
B4に描いて色紙カットしてセリエの額が丁度良い気がする。
女性に絵を売るには水彩の淡いタッチなので。
これからの季節は乾かないので難しい。
どちらにしても。まだ3枚は売れてもらっては困る絵が残っている。
*月曜日に売れたのでまともなのは残り2枚。
2014年11月03日 月曜日 午前 01:36
で日曜日を終えた喪中。
時給はいくらだ?10円ぐらいか。何がしたいんや。
アベノミクスは終えたようです。
安定した低空飛行のオケラハウスであります。
絵描きっぽく鉛筆デッサンをしていたら。
客が足を止めると学習したので。デッサンをしていた。
デッサンだけが進む。こういうのは自己満はするより。
達成感のどうでも良さに呆れる。
具象画の嫌いな理由も。
例えば犬を描くと犬を好きな人が買うのであって。
そのステップが気に入らない。
本日は特に書く内容はありません。
このデッサンを下地(下絵ではありません)にし無視して。
上から動物をゴリゴリ描くとします。
絵の中にリアルな具象の要素を含ませたい気持ちはある。
ステンシルを版画風に利用して。下地を作ると面白いとは思う。
紙版画で水彩で。背景を軽くてポップでキュートな作風だ。
2014年11月03日 月曜日 午前 09:35
昨夜の突風で空気が入れ替わったようで。
写真日和になるかな。布団から出る「気」が必要な温度だ。
このまま寝てても誰も支障を起こさないだろうが。
焼肉屋のオッサンのところが。
客のための懐紙でなくて。なんだっけ?
味のある文字で「ようこそ」とか。
そういうのを作りたいそうで。
昨日。店頭を歩いて。店内をワインボトルの隙間から
覗いていると呼び込みしているバイトに怪訝な顔で見られた。
どいつもこいつも感じが悪い。
これで丸亀町の悪口を書けなくなった。
あそこを越えると姑の領域になるし。
誰かの領域に行くのが嫌なのだ。
彼女の家かて居心地が悪い。
そうだ。紀伊國屋のベランダ?で
時間つぶしで椅子に座って昼寝していた。
あそこは人が少なくて居心地が良かった。
自分以外は清潔であってもらいたい。
主題と背景を分けて描くと分離するし。
女という生き物は水彩の染みのような絵が好きである。
現在のように。コテコテとクレヨンとアクリルでは濃い。
紙の質感で背景を抜けるようにするか。
ポスカの白では重くなるし。
構図のようなのを考えないと。
ほとんど考えたことがない。
2014年11月04日 火曜日 午前 10:40
また。週明けは好天サイクルになるのかな。
このキチガイの国はコスプレするためにある。
日本人の日本人嫌いは病的である。社交辞令はクソだ。
この程度なら毎日に歯を磨くような多少の努力をすれば誰でも描ける。
デッサンなんて。どうでもいいのだが。どうでもいいのを越えると
本人は面白くなる。しかし客はどうでもいいのだ。
焼肉屋を偵察してきた。
よってこれからは。焼肉屋の牛とサンタとトナカイと牛と干支の羊が
テーマになりました。宇宙を背景にして。描くとするか。
3日連続の飲酒で。本日は生きた心地がしないので。
掃除をしたり散歩したり。寝ているとする。
お店をしている人って。メリケンのポップ・アートを好きな方が多い。
アンディー・ウォーホールの時代。
私が好きなのは。その前の時代であって。
俗に言われる「芸術のための芸術」の時代で。
村上隆に批判されている。
作品では食えない芸術家のアカデミーな人達だ。
彼が批判しているのは。
食えないのに食える制度が存在していることで。
農家のような規制に守られて胸を張っている現状に対してであって。
村上隆の発言の問題点は。
作品で食えなければ。芸術家でないのなら。
金のためなら合法なら何をしてもいい。
と曲解され正当化される戦後主義の厄介である。
マヨネーズとケチャップが効かないなら毒を混ぜろ!
欲望とはキリがなくそのような回転をするのだ。
困ったことで教育で止めれると思うと大きな間違いで。
この間違いは啓蒙主義と呼ばれる。
掛け算以上のことを誰かに教えられると思うのが間違いである。
地球の温暖化と同じであって。
騒いでいるのは標語だけの空騒ぎであろう。
女性の輝くなんろやら推進室もそうだ。
あるのは「アピール」だけだ。
馬鹿なサイクルに乗ること。
正しいとは。そのような意味である。
おわり。
よって。快晴の平日から。曇り気味の週末ですか。
また。そんな感じの11月になるのかな。
この季節は雨に打たれると寒くなる。
しかし。クリスマス前に男のいない女ってどんな気分だろうな。
12月に入ってから慌てると痛々しいだろうし。
聞けるような女の人は「時にはいなくて・・・」とあっさりだろうし。
聞くとやばい人ってどうなんだろうか。気になる。
30歳を過ぎると。「昔は私も・・・」と
あってないような昔話に花でも咲かして枯れて
視界から消えてくれたらいいが。
問題は20歳からであろう。
20歳ぐらいまでは。回復する体力もあるだろうし。
テスト期間や両親の厳しさ・・など言い訳を思い浮かぶだろう。
25歳ぐらいなると。現実と向き合うのは厳しいよな。
無縁仏のような気分に陥るのであろう。
現実とは退屈で下らない結実した暇である。
だからどうするかであって。
楽しいとか特別な人と思われると疲れる。
料理したり散歩したり。花の名前を当てたり。
産直で野菜を選んだり。海岸のカニを追いかけたり。
ブランコを蹴飛ばしたり。その程度でありたい。
そんなのだったら弟でも構わないという感じか。
しばらくは。「動物のお面」をどのようにして作るのか考えよう。
画用紙を折って。ヘルメットのようにかぶれるスタイルにしたい。
そのような簡易の折り方なんてあるのかな?
耳や鼻は別にしないと。昨日は丸亀の図書館で物色してたが。
今日は月末でどちらも休館なのか。
酒を突然。止めると。
これまで。アルコールで眠らせていた部分が騒ぐので困る。
躁鬱で説明すると。アルコールの力で脳を無理に鬱にさせておいて。
ある日。アルコールを取っ払うと。当然ながら脳は躁状態になる。
炭酸飲料をよく振ってから。蓋を開けたような状態だ。
意識が分散して困る。落ち着かない。
安定剤しかり。慢性化していると中断した時は
暴走する可能性があるので用心が必要。
ジョギングでもして。体を眠らせてしまうのが丁度良い。
絵を描くのも体が元気だと都合が悪い。
二日酔いで朝起きたら椅子に頑張ったら座れるぐらいでいい。
体を黙らせるには。
ヨガの方向からが良いのか。
ジョギングの方向からが良いのか。
2014年10月31日 金曜日 午後 13:51
よって。書を修正してから。絵を描いていた。
こういう系は。「僕は頑張ってアートしてます」臭が激しくて
描いてからが寒々しい気持ちになる。
時にはいいかな。現代風の土偶のようだ。
刺激は足りてますか。
*くだらないので。撮影を忘れた。
他には修正しないとならんのを楽譜台に飾っておるが。
どうするのが最も簡単であろうか。思い浮かばない。
破って捨てるのが解決策であるが。
この絵はなかなかの評判であって捨てるに捨てれない。
*と思っていると後日。焼肉屋さんが買ってくれた。
絵には。熱だけのある絵と熱だけのない絵ってのがあって。
顔のは熱だけのある絵だろうが。
正しくは絵の中に熱を閉じ込める作業である気がする。
ラップできっちりと自分を包むようなことだ。
ラップに絵を描いている馬鹿が多くて困るのだが。
路上で描くなら熱を発散させないとならんのかな。
バランスが分からんよ。
少し休んでから。お面の動物の絵を練習をしよう。
2014年11月01日 土曜日 午前 00:39
ハローズでボックスワインを買う。
*映画「キック・アス」が楽しめた。
2014年11月02日 日曜日 午前 01:36
信じられん。絵が4枚も売れる。
10月はノイローゼになりそうであった。
というか。ノイローゼの見本であろう。
これは。確実に半空パワーです。
商店街で絵なんて絶対に売れない。かつ。客は男である。
分かるのだ。情報を得てから来ている客ってのは。
間合いにあるのが不信感や猜疑心とは違って安心感がある。
うんで。絵が足らんので。強引に仕上げる。
帰りに栄養ドリンクの「アスパラドリンク」を自動販売機で
飲んだので。たぶんしばらくは体は起きているでしょう。
在庫を物色して。色を足すとしよう。
他には路上詩人をした。
ヒップホップですオーラの綺麗なアベックだ。
よって仕上げた。倒れそう。寝る。
2014年11月02日 日曜日 午前 09:43
昨夜の帰り道は遭難するぐらいに霧?が酷かった。
これは死ねると思い。メガネを拭くとどってことはない。
道が悪く厄介であるが。右側には歩道があるので。そこを走る。
昨夜は絵が売れて調子が良かったので。
ペラペラ会話してしまったので。
あの不吉な空気感の商店街には近寄りたくない。
しかし。高松でついに絵だけで1万円を越える日が来るとは。
しみじみ感激する。アベノミクス万歳である。
昨日は何が良かったのか謎だ。
看板をオレンジと黄色に変えたのと。
陳列は平常運転で。大きく変えたのは「仮面を作ろう」の
看板を余った絵の具で描いたぐらいだ。
木のまな板にバスキアのタッチと配色で。
仮面の練習のつもりで。そういうアフリカの仮面のような
教科書に落書きのインパクトのある絵を描いた。
あれが雰囲気を変えたのか。1枚は売れた。
売れる理由なんて誰にも分からない。
計算で売れるならとっくの昔に富豪であろう。
焼肉屋の方が牛の絵が欲しいとモウしておられた。
そういう毛のある動物は描く気もしないし。描けない。
どうも癖で色紙とB4に固定されている。
葉書は枕元に置いてあるし。現在はB5の画用紙を鞄に入れてある。
マルマンのリングのB4が移動には便利で。
B4に描いて色紙カットしてセリエの額が丁度良い気がする。
女性に絵を売るには水彩の淡いタッチなので。
これからの季節は乾かないので難しい。
どちらにしても。まだ3枚は売れてもらっては困る絵が残っている。
*月曜日に売れたのでまともなのは残り2枚。
2014年11月03日 月曜日 午前 01:36
で日曜日を終えた喪中。
時給はいくらだ?10円ぐらいか。何がしたいんや。
アベノミクスは終えたようです。
安定した低空飛行のオケラハウスであります。
絵描きっぽく鉛筆デッサンをしていたら。
客が足を止めると学習したので。デッサンをしていた。
デッサンだけが進む。こういうのは自己満はするより。
達成感のどうでも良さに呆れる。
具象画の嫌いな理由も。
例えば犬を描くと犬を好きな人が買うのであって。
そのステップが気に入らない。
本日は特に書く内容はありません。
このデッサンを下地(下絵ではありません)にし無視して。
上から動物をゴリゴリ描くとします。
絵の中にリアルな具象の要素を含ませたい気持ちはある。
ステンシルを版画風に利用して。下地を作ると面白いとは思う。
紙版画で水彩で。背景を軽くてポップでキュートな作風だ。
2014年11月03日 月曜日 午前 09:35
昨夜の突風で空気が入れ替わったようで。
写真日和になるかな。布団から出る「気」が必要な温度だ。
このまま寝てても誰も支障を起こさないだろうが。
焼肉屋のオッサンのところが。
客のための懐紙でなくて。なんだっけ?
味のある文字で「ようこそ」とか。
そういうのを作りたいそうで。
昨日。店頭を歩いて。店内をワインボトルの隙間から
覗いていると呼び込みしているバイトに怪訝な顔で見られた。
どいつもこいつも感じが悪い。
これで丸亀町の悪口を書けなくなった。
あそこを越えると姑の領域になるし。
誰かの領域に行くのが嫌なのだ。
彼女の家かて居心地が悪い。
そうだ。紀伊國屋のベランダ?で
時間つぶしで椅子に座って昼寝していた。
あそこは人が少なくて居心地が良かった。
自分以外は清潔であってもらいたい。
主題と背景を分けて描くと分離するし。
女という生き物は水彩の染みのような絵が好きである。
現在のように。コテコテとクレヨンとアクリルでは濃い。
紙の質感で背景を抜けるようにするか。
ポスカの白では重くなるし。
構図のようなのを考えないと。
ほとんど考えたことがない。
2014年11月04日 火曜日 午前 10:40
また。週明けは好天サイクルになるのかな。
このキチガイの国はコスプレするためにある。
日本人の日本人嫌いは病的である。社交辞令はクソだ。
この程度なら毎日に歯を磨くような多少の努力をすれば誰でも描ける。
デッサンなんて。どうでもいいのだが。どうでもいいのを越えると
本人は面白くなる。しかし客はどうでもいいのだ。
焼肉屋を偵察してきた。
よってこれからは。焼肉屋の牛とサンタとトナカイと牛と干支の羊が
テーマになりました。宇宙を背景にして。描くとするか。
3日連続の飲酒で。本日は生きた心地がしないので。
掃除をしたり散歩したり。寝ているとする。
お店をしている人って。メリケンのポップ・アートを好きな方が多い。
アンディー・ウォーホールの時代。
私が好きなのは。その前の時代であって。
俗に言われる「芸術のための芸術」の時代で。
村上隆に批判されている。
作品では食えない芸術家のアカデミーな人達だ。
彼が批判しているのは。
食えないのに食える制度が存在していることで。
農家のような規制に守られて胸を張っている現状に対してであって。
村上隆の発言の問題点は。
作品で食えなければ。芸術家でないのなら。
金のためなら合法なら何をしてもいい。
と曲解され正当化される戦後主義の厄介である。
マヨネーズとケチャップが効かないなら毒を混ぜろ!
欲望とはキリがなくそのような回転をするのだ。
困ったことで教育で止めれると思うと大きな間違いで。
この間違いは啓蒙主義と呼ばれる。
掛け算以上のことを誰かに教えられると思うのが間違いである。
地球の温暖化と同じであって。
騒いでいるのは標語だけの空騒ぎであろう。
女性の輝くなんろやら推進室もそうだ。
あるのは「アピール」だけだ。
馬鹿なサイクルに乗ること。
正しいとは。そのような意味である。
おわり。